コラム:質的研究

QDAソフト CAQDASの利点、メリット・デメリット

QDAソフトはグレイザーとストラウスの提唱するグラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA) (Glaser & Strauss, 1967)に基づいて設計された、質的データを効率的に扱い、研究・調査を支援するためのソフトウェアです。

本稿では、紙やWordやエクセルといった汎用のソフトウェアではなくQDAソフトを使用することで得られるメリット、QDAソフトのデメリットを紹介していきます。

前稿「QDAソフトとは?」では主な機能として『データ管理』『コーディング』『分析過程の可視化』『データ分析支援』があると紹介しましたが、ここではそれぞれについて、より細かい様々な利点を挙げていきましょう。


QDAソフト CAQDASのメリット まとめ

QDAソフトを使用すると、下記のような大きく分けて5つの点でメリットがあり、質的データの処理に要する作業を大幅に効率化し、効果的な分析を可能にします。

  • データ管理
  • コーディング
  • データ分析支援
  • 分析過程の可視化
  • その他
データ管理 ・多様なデータの一元管理が可能
・紙やカードでは必要な収納スペースが不要
コーディング ・コーディングが容易である
・コーディングやメモから元データへの移動が容易である
・自動コーディング
・テキスト検索とコーディング
・PDFや画像、音声・動画などへの直接コーディング
データ分析支援 ・コーディングや属性によるクロス集計
・データの可視化
・検索の容易性
・頻出語特定などテキストマイニング機能
・文字起こし用機能
分析過程の可視化 ・作業履歴の確認
その他 ・2者間の容易なコーディング比較が可能
 (一致パーセンテージ、カッパ係数)

紙やワープロ、表計算ソフトからQDAソフトへ

まず、QDAソフトを使用することで、紙やWordやエクセルといった汎用のソフトウェアで質的研究をおこなっていた際の煩雑な事務作業を軽減・効率化することができます。

紙と手作業によって分析を進める場合、データのセグメント化を行うには、インタビューのトランスクリプション等のデータ全体の印刷物から、特定の部分をハサミで切り取ったり、付箋を逐一貼り付けたりする必要がありました。

また、オリジナルのデータを残すためにはコピーを取る必要もあります。ソフトウェアを使う場合でも、トランスクリプションのデータファイルから切り取りたいデータ部分をコピーして、分析作業用のファイルにペーストする必要があります。

QDAソフトを使用しない場合、元データとの連携やデータの保存、加工が問題になりがちです。

しかし、QDAソフトを使えば、こうした元データのコピー&ペーストという作業は不要になります。さらに、クリックひとつでコーディング結果から元データを簡単に参照できます。この部分はどういった文脈だったのか等、元データを参照したくなったときの行き来も簡単です。研究を進めていって以前付けたコード名を変更したくなったときも、名前を入力しなおすだけで完了します。

階層化もカンタンなので、コーディングをしていて上位概念を見つけてまとめたり、カテゴリー化する際の手間を省けたりします。

エクセルなどでは難しい、下位階層のコードを上位のコードに集約・分離するのもカンタンです。

ファイルをQDAソフトにまとめることで、データの管理、コーディング、分析などが不自由なくおこなえるようになります。

ウド・クカーツ氏は著書「質的テキスト分析法」でQDAソフトの利点について、以下のように述べています。

QDAソフトの最大の長所の1つは、作成したコードがコード・システムの中に自動的に記録されていくということである。分析プロセスのもっと後の段階では、それら複数のコードを分類したり整理したり要約したりすることになる。一方で、コード自体は個々のテキストの該当部分にリンクされたままなので、分析内容とその元になっているデータとのあいだをワンクリックで行ったり来たりすることができる。(Kuckartz, 2018)

QDAソフトを使用した分析の場合には、元のデータとの関係が常に維持されており、したがって、テキストの特定箇所を見つけるために何百ページものテキストを読み返す必要はない。またソフトを使えば、特定のコードや概念あるいはカテゴリーがどれだけの頻度でデータの中に登場しているかについて簡単に把握することができる。(Kuckartz, 2018)

テキストを切片化した場合にコーディングした内容の文脈が不明になるのは避けられませんが、QDAソフトを使用すればコーディングやメモから元データへの移動が容易であり、何度もデータを読み込む必要のあるカテゴリー化の際などに、無駄な作業を無くすことが可能になります。


カード方式 対 QDAソフトウェア

社会学者の佐藤郁哉氏は論文「質的データ分析の基本原理とQDAソフトウェアの可能性」において、質的研究において使われることの多いカード方式とQDAソフトを比較し、下記のようにまとめています。

  カード方式 QDAソフト
データベース構築の手間と時間 膨大な手間と時間 比較的容易で短時間の処理が可能
データ収納のスペースと管理 スペース大・管理が困難 スペース小・管理が容易
情報検索・抽出の効率性 非効率的 効率的
原文脈の参照 困難 比較的容易

※(佐藤郁哉, 2015)の図をもとに作成。強調は引用者による。

データベース化、効率性、原文脈の作成において、QDAソフトが優位であり、紙媒体によるデータ処理に含まれる問題のうちのかなりのものを解決することが可能です。

また、佐藤郁哉氏は文書データの量がかなり大きくなっている場合には,QDAソフト無しではシステマティックな分析をおこなうことはほとんど不可能であるとさえ言えると述べています。

QDA ソフトを使えば,分析作業の大幅な効率化をはかることが出来る。特に,扱わなければならない文書データの量がかなり大きくなっている場合には,QDA ソフト無しではシステマティックな分析をおこなうことはほとんど不可能であるとさえ言える。(佐藤郁哉, 2015)

更に、QDAソフトを使用した場合、研究は基本的にはQDAソフト内で完結するため、ノートパソコンにインストールして携行すれば、フィールドワークの現場に身を置きながらその場で分析するなども可能です。データ収集をしながら、その場でほぼリアルタイムで分析をするといった、準備や空間が必要なカード方式では不可能である柔軟な調査研究が可能になります。


様々な角度からのデータ分析

高度な検索や集計機能

グラハム・R・ギブス氏は著書「質的データの分析」で検索はCAQDASで使用可能な最も強力なツールの1つであり、コードの検索は直観やアイデアのチェックのために、仮説検証のかたちで用いることもできると述べています(Gibbs, 2017)。

QDAソフトでは「特定の文字列の検索」だけではなく、コードの検索や比較も可能であり、「コードAとコードBの両方にコーディングされているが、コードCにはコーディングされていないコーディングの検索」といった高度な検索が可能です。

クロス集計の機能を使用すれば、コーディングと属性の組み合わせ検索し、特定のコードに対して、どの年齢層や職業がよく言及しているかなどを集計し、量的にも確認することが可能です。

性別、年齢とコーディングのクロス集計の例

QDAソフトを使用することで様々な角度から質的データを分析することが可能になります。


テキストマイニング的アプローチ

QDAソフトにはテキストマイニングソフトと同様の頻出語や共起関係の特定、可視化の機能があります。QDAソフトでのテキストマイニングはコーディングの補助的に使用されます。

例えば、頻出語をカウントする頻出語クエリを使用し、アンケートやインタビューなどの質的データの分析の際に頻出語を特定することで、新しいテーマの発見を促進したり、自分では気づいていなかった概念があるかどうかを確認したりすることも可能です。

QDAソフトを使用すれば属性別に頻出語やコーディングを比較することも容易です。

例えば、男性と女性での頻出語の違いを確認して差異に注目し、発見した概念を基に再度コーディングを進めていくなど、コーディングにテキストマイニングを併用することで質的データの量的な部分と質的な部分を自由に行き来し、テキストマイニングとグラウンデッド・セオリー・アプローチを組み合わせた「グラウンデッドなテキストマイニング・アプローチ(GTMA)」(稲葉光行 & 抱井尚子, 2011)が可能になります。

どちらか片方だけでは難しい、より深い洞察を可能にします。

頻出語を可視化するワードクエリと単語の繋がりを可視化するワードツリー

研究の透明性の向上

QDAソフトにはイベントログの記録など、プロジェクトファイルに加えられた変更を記録する機能があり、誰がどのような作業をいつ行ったかを確認することができます。プロジェクトの開始からすべての記録が残るため、研究プロセスの透明性が高まり、どのようなプロセスを経て結論が導きだされたのかを後で確認や共有する事が可能です。

QDAソフトを使用した研究は使用していない研究よりも透明性が高いだけでなく、ケレとローリーはQDAソフトの使用と質的研究の妥当性の向上は関連性があると述べています。(Kelle & Laurie, 1995)

また、研究の透明性の向上は研究者、共同研究者に妥当性の向上というメリットがあるだけでなく、評価者にとっても理解がしやすいという点にも繋がっていきます。

ソフトウェアの使用によって、理論的コード化のような分析手法がより明示的で透明に実施されることになる。研究者が進んだテクストからカテゴリーへの道のりが、他者に検証可能になるのである。研究チームのメンバー間に共有できる形で、また論文の読者にも伝わる形で分析の途中経過を記録できるようになる。こうして形の分析の透明性を、多くの研究者は分析の妥当性の向上につながるものとみなしている。(Flick, 2011)

結局のところ、研究者と評価者の双方にとって、テキスト分析に使用した方法を公開し、またそれについて検討を加えていくことが重要なポイントなのである。評価者の側からすれば、分析の際にQDAソフトウェアが使用されている研究の場合は、カテゴリー・システム・カテゴリーの詳細・テキストの該当部分の割り当て方法・メモ内で示されてた検討のレベルなどについて容易に理解できることが多い。(Kuckartz, 2018)

QDAソフトは複数人でコーディングする際の妥当性の検証もサポートします。例えば、NVivoではカッパ係数*を使用した2者のコーディングの比較が可能です。

複数人でコーディングを進めていき、互いのコーディングの妥当性を表の形と数字で検証することで、ホップスとシュミットの推奨する「合意にもとづくコーディング」(Hopf & Schmidt, 1993)を容易にします。こうして得られた結果は妥当性があり、信頼性が高くなります。

*カッパ係数 -ある現象を2人の観察者が観察した場合の結果がどの程度一致しているかを表す統計量。カッパ統計量や一致率とも言う。0から1までの値をとり、値が大きいほど一致度が高いといえる。


QDAソフトのデメリット

QDAソフトを使用することのデメリットはないのでしょうか。

フィールディングとリーは、紙と比べてデータから距離を感じる点、グラウンデッドセオリーに影響されすぎる危険性を挙げています(Fielding & Lee, 1998)

しかし、これらの点については、ソフトウェアが改良されるにつれて解消されています。 紙と比べてデータから距離を感じた理由は、当時はコーディングしたり取り出したりしたテクストを分析するために元データに戻るのが容易ではなかったためであっただろうとグラハム・R・ギブス氏は推察しています(Gibbs, 2017)。

元データとコーディングの往復は最近のQDAソフトの得意とする機能であり、コーディングなどと元データの結びつきは紙媒体やワープロソフト、表計算ソフトと比べて、より堅固であるとさえ言えます。

コーディングから元データへと、クリックひとつでシームレスに行き来が可能。

グラウンデッドセオリーに影響されすぎる危険性についても、ソフトウェアが洗練されるにつれて、特定の分析アプローチとの結びつきは薄れてきています。

フィールディングとリーはソフトウェアの使用に関する調査を行い、彼らが調べたプロジェクトの3分の2でグラウンデッドセオリーは用いられなかったにもかかわらず、CAQDAS(QDAソフト)が使用されていたことを明らかにしています(Fielding & Lee, 1998)。

また、QDAソフトを使うと、「QDAソフトに縛られてしまうのではないか」という疑問も浮かぶかもしれません。社会学者の中里英樹氏はその点について、QDAソフトを使用しなくても、すでに紙と鉛筆、ペン、ワープロソフトやエディタ、スプレッドシートの機能や人間の記憶など、様々な制約を受けている可能性があると述べています(中里英樹, 2015)。

全てにおいて何かしらの制約があるため、完全なものは存在しないともいえます。研究内容、対象、手法などに合わせて、その都度、最も適当なものを選択する必要があるでしょう。

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