QDAソフトは質的分析をするのか? ~道具としてのQDAソフト、その可能性~
よくあるQDAソフトに関する疑問で、QDAソフトはデータを入れると結果が出てくるものなのか?という疑問があります。
結論からいうと、その答えはNoです。
質的研究、質的分析それ自体で悩んでいる人がいたとして、QDAソフトを使用したら結論が出るのかというと、残念ながらそんなことはありません。
道具としてのQDAソフト
QDAソフトは質的研究をサポートし、研究を効率化したり、様々な角度からの検証を可能にしたりしますが、統計ソフトなどのように、データを入力すると結果が得られるというようなソフトウェアではありません。
分析支援機能や可視化機能を用いて考察や仮説の立案などのサポートは可能ですが、質的データ分析におけるもっとも本質的な手続きである、重層的な文脈の解明および現場の言葉と理論の言葉の往復という2つの作業、それ自体をQDAソフトが代わりにすることはできないのです。
たとえば、ワープロやWordなどは文章の記述・編集を容易にしましたが、それだけで文章自体を生み出すことはありません。文章を書く人間が必要です。また、内容の巧拙も書く人間に依存します。あくまでも文章の記述・編集の補助ツール、書くための道具の一つであり、それだけでアウトプット自体を生み出すものではありません。
同様に、QDAソフトにとって質的分析そのものは領域外のため、分析は人間がおこなう必要があり、分析結果も同じく人間に依存します。職人芸や名人芸などといわれることの多い質的研究の核心部分は変わっていません。
QDAソフトは質的分析そのものを遂行しない。つまり、それに任せておけば自動的に質的分析をしてくれるものではない。これと対照的にSPSSのようなソフトは統計的操作や因子分析を自動的に行ない得るものである。QDAソフトはむしろワープロに似ている。ワープロの使用のために執筆のあり方がいかに変化したかということが長らく論じられているが、ワープロがテクストを書くわけではない。ワープロはその作業を幾分か楽にしてくれるものである。これと同様に、QDAは質的研究を助けるものではあれ、それを自動化するものではない。(Flick, 2011)
根本的にはCAQDASはデータベースだが、ほとんどのデータベースよりはるかにうまくデータの処理を支援してくれる。そして、研究者が自分のひらめきやアイデア、検索や分析の結果をうまく記録するのを可能にし、分析できるようにデータにアクセスしやすくしてくれる。しかし、文章作成ソフトウェアが書いたり編集したりするプロセスをかなり容易にしてくれるものの、有意味なテクストを書いてはくれないのと同じように、CAQDASを用いることは質的分析を容易に、より正確に、より信頼性のあるものに、そしてより透明性のあるものにしてくれるが、ソフトウェアは決してあなたに代わってテクストを読んだり考えたりしてはくれない。(Gibbs, 2017)
データ、テクストと向き合い、その中にあるものを解釈する。これはQDAソフトが代わりにすることはできません。データを整理して纏めることはできますが、最後は人間が分析、解釈しなければなりません。
QDAソフトは質的研究、質的分析それ自体で悩んでいる人の代わりに問題を解決してくれるわけではないのです。
コンピュータは代わりに解釈することはできない。結局、解釈を導き出したり、分析の説明を作り出したり、そして適切な理論によって分析全体を指示したりするのは人間の研究者の責任なのだ。(Gibbs, 2017)
QDAソフトの可能性
しかし、研究における諸作業を効率化したり、無くしたりすることによって、テクストを深く読み込むことに集中できるようになり、より深い分析が可能になります。
QDAソフトはCAQDAS(Computer Assisted/Aided Qualitative Data Analysis Software -質的データ分析支援ソフトウエア)とも呼ばれるように、諸作業の効率化を実現することで、研究・分析を支援します。
QDAソフトというのは、決して、質的データ分析における最も本質的な手続きである、重層的な文脈の解明および現場の言葉と理論の言葉の往復という2つの作業それ自体を自動化してくれるプログラムではないのである。QDAソフトは、むしろ、それらの手続きの効率化を支援することによって、より効果的な分析を可能にするところに特長があるのだと言える。(佐藤郁哉, 2015)
また、物理的な制約やデータ処理上の技術的な問題などから解放されることにより、少数事例しか扱うことが難しかった質的研究が、多数事例を深く見ていく質的研究への転換の可能性が期待されています。
実際、もし質的調査の多くが単一ないしごく少数の事例研究にとどまってきた主な理由がデータ処理上の技術的な問題にあるとするならば、QDAソフトを活用することによってそれを大幅に改善していく可能性が出てくる。つまり、QDAソフトの活用は「深くて狭い」少数事例研究が抱える制約を超えて「深くて広い」比較事例研究の可能性が広がっていく可能性があるのである。(佐藤郁哉, 2015)
道具としてQDAソフトを使用することは、すなわちテクノロジーによる身体の拡張であり、諸作業の効率化により従来の制約から研究を解放します。質的研究の主なツールが紙からワープロソフト・表計算ソフトへ移行したことで様々な制約から解放されたように、QDAソフトの活用は更なる制約からの解放、身体の拡張を生み、質的研究を新たな段階へ牽引していくのだといえるでしょう。