研究におけるAIの変革を乗り越える
- 質的研究の未来を形作る:NVivoの開発元Lumivero社の取り組み -
2025年2月21日公開
執筆者:Silvana di Gregorio, PhD(Lumivero プロダクトリサーチディレクター / 質的研究部門責任者)
- 目次 -
- 研究環境を変えた2つの大きな波
- AI開発の方向性を研究者とともに決める
- AIアドバイザリーボードからのフィードバック
- 研究者との共同開発:AIハッカソン
- NVivoへのAI統合と今後の展開
- AIを活用しながら研究の本質を守る
研究環境を変えた2つの大きな波
過去5年間で質的研究者は大きな変化を経験しました。COVID-19パンデミックと生成AIの登場により、研究者は研究の進め方を根本から変え、適応が求められる状況となりました。
2020年、パンデミックにより対面での調査が困難になり、多くの研究者がオンラインでのフォーカスグループやインタビューを取り入れました。私が実施した調査によると、パンデミック前にオンライン調査を計画していた研究者はわずか6%でしたが、2023年には15%へと倍増しました。
そして2023年、新たな変革が訪れました。ChatGPTをはじめとする生成AIの登場です。研究者の間では「AIは研究を支援するのか、それとも脅威になるのか?」という議論が巻き起こりました。実際、NVivoは以前から自然言語処理や感情分析、自動文字起こしといった機械学習技術を活用していましたが、生成AIの登場により、その影響力が一気に拡大しました。
AI開発の方向性を研究者とともに決める
Lumiveroは、AIを単に機能として追加するのではなく、研究者のニーズに寄り添う形で開発を進めています。そのため、2023年8月に大規模調査を実施し、さらに研究者との個別インタビューを行いました。その結果、AIの活用に対する意見は様々で、積極的に活用したいという人もいれば、慎重な姿勢の人もいました。
そこで私たちは、学術研究者や大学院生、商業コンサルタントを含む「AIアドバイザリーボード」を設立し、彼らの意見を取り入れながら開発を進めることにしました。
AIアドバイザリーボードからのフィードバック
2024年1月、プロダクトチームが3つのAI機能(文書要約、テキスト要約、コード提案)のプロトタイプを発表しました。アドバイザリーボードとの議論を経て、以下の点を改良することになりました。
- 要約の一貫性
最初のプロトタイプでは一人称と三人称が混在していたため、統一された三人称表記に変更。 - AI出力の透明性
AIが生成した内容を明確に示すラベルを追加。 - AIによるコーディングの最適化
AIがコードを提案する形と、AIが自動適用する形の両方を選べる柔軟なシステムを採用。
フィードバックを基に、実際の研究現場で活用しやすいAI機能の開発を進めました。
研究者との共同開発:AIハッカソン
2024年2月、より自由な発想を得るためにハッカソンを開催しました。研究者や開発者が集まり、AIの活用アイデアを議論しました。特に以下のテーマが重要視されました。
- AIによる研究準備のサポート
研究計画書の作成支援ツール、ディスカッションガイドの構築、さらにはインタビューやフォーカスグループの進行をAIが支援する機能などのアイデアが提案されました。 - 研究手法の厳密性とデータ管理
研究者からは、監査証跡、外れ値検出、検証精度の向上など、透明性を確保するAI機能の必要性が指摘されました。 - 質的分析の強化
AIを活用した文献レビュー、推奨される研究手法、ブレインストーミング支援が提案されました。ただし、AIがどの程度助言的な役割を果たすべきかについては意見が分かれました。 - 研究成果の視覚化
参加者の最優先事項は、データの解釈や発表を強化するためのAI生成のインフォグラフィック、視覚的なテーマ別要約、動画を活用したレポート作成でした。
その後、参加者が優先度を決めるワークを行ったところ、最も高い関心を集めたのは「研究成果を効果的に伝えるための視覚化ツール」でした。
NVivoへのAI統合と今後の展開
2024年半ば、こうした研究を反映し、NVivoにAIアシスタントを統合しました。NVivoだけでなく、Lumiveroの他のソフトウェアにも適用できる設計になっています。さらに、文献管理ソフトCitaviにもAI機能を拡張し、スマートな文献推薦や要約機能を提供しています。
今後も研究者との交流を続けながら、2025年以降のAI開発計画を進めていきます。
【紹介記事】NVivo 15 新機能:AI アシスタントで質的研究を効率化しよう
【紹介記事】Citavi 7 新機能:AI アシスタントで研究活動を効率化しよう
AIを活用しながら研究の本質を守る
技術の進歩は研究環境を大きく変えます。しかし、私たちは単なるAI導入ではなく、研究の本質を守りながらAIを活用する道を選びます。Lumiveroの目標は、AIを質的研究の支援ツールとして発展させることです。
AIが質的研究に与える影響は避けられません。しかし、その影響を「研究を深めるもの」にできるかどうかは、私たちの取り組みにかかっています。これからも、研究者とともにAIを進化させていきます。
*本記事は、2025年2月11日~14日にフィラデルフィアで開催されたQRCAカンファレンスでのSilvana di Gregorio博士の発表を基に作成されています。元記事はこちら*