Vol.46:プレプリントが研究の普及に果たす役割ネットワーク作りのためのヒント10選
現代社会においては、研究の成果が出たらいち早く公開する必要があります。学術界での競争が激化しており、助成金の獲得、ポストへの応募、キャリアアップのために、最新の研究成果を示さなければならないからです。
それだけでなく、科学の進歩を加速させるためにも、研究結果をタイムリーに公開し宣伝することは必要です。これはとくに、医療関連の発展、決定、政策に影響を及ぼす生物学や医学などの分野や、進歩がきわめて速いコンピューター・サイエンスや情報技術などの分野に言えることです。
研究結果をただちにシェアする必要性が高まる一方で、学術ジャーナルの出版プロセスが遅々としていることから、科学者のストレスが増し、その結果、プレプリントを利用する流れが生まれました。
1. プレプリントとは何か?
プレプリントとは、著者が公共のサーバーにアップロードした、論文原稿(ドラフト)の最終版です。これは多くの場合、ジャーナルに投稿された論文と同じ版です。
論文原稿がアップロードされると、その整合性を確認するために簡単なチェックが行われます。その後、査読を経ずに1、2日でオンライン上に掲載され、誰でも無料で閲覧できるようになります。
論文の修正版を後日アップロードすることも可能ですが、古いバージョンは残されます。
2. 各分野で人気のプレプリント・サーバー
プレプリントをホストする、プレプリント・サーバーあるいはリポジトリと呼ばれるウェブサイトはいくつかあります。様々な分野の論文を受け入れるプレプリント・サーバーもあれば、特定の分野限定のものもあります。
もっとも古い人気のサーバー、arXivは、物理学のプレプリントを配布するために1990年代に生まれました。このサイトは現在、物理学、数学、コンピューター・サイエンス、統計学など、各種分野の論文を受け付けています。
生命科学分野で有名なのは、bioRxivとPeerJ PrePrintsです。ネイチャーにも生物学、医学、化学、地球科学分野の論文向けプレプリント・サーバー、Nature Precedingsがあります。
社会科学・人文科学のプレプリントを掲載しているものにはSocial Science Research Networkがあります。
3. なぜプレプリントを利用するのか?
・即時性
プレプリントを利用する最大の利点は、ジャーナルの出版プロセスにつきもの「遅れ」という要素がないため、研究結果がほかの人にすぐに利用してもらえるということです。
・オープンアクセス
プレプリント・サーバーに論文を登録することは、世界中の科学者に研究を無料提供するための優れた方法です。これは、グリーン・オープンアクセスと呼ばれています。
・優先権の確立
世界中で多くの科学者が同じ研究アイデアに取り組んでいる中、プレプリントを公開すると、アイデアや発見の優先権を主張する助けとなります。プレプリント・サーバーは通常、論文の登録された日付を記録します。
・貴重なフィードバックが得られる
プレプリントを登録すれば、論文のリンクを送って科学者仲間にフィードバックを求めることができます。論文の誤りを見つけてコメントしてくれる人もいるかもしれません。そのようなフィードバックを利用して自分の研究の質を判断し、ジャーナルに投稿する前に論文を改善することができるのです。こうすれば、ジャーナルにアクセプトされる確率も高まります。
・早い段階で注目を集められる
プレプリント・サーバーに登録された論文は通常、引用が可能です。つまり、論文がジャーナルに掲載される前に引用される可能性があるということです。研究を気に入ってもらえれば、ソーシャルメディアでシェアしてもらえるかもしれません。このように、正式に出版される前から、あなたの研究に注目が集まる可能性があるのです。
・研究のエビデンスになる
助成機関や雇用委員会から、最近の研究のエビデンスを見たいと言われることもよくあります。そのため、助成金や仕事の申し込みを検討しているときに出版に遅れが生じると、大きな不利益が生じる可能性があります。そのようなとき、プレプリントはとても役に立ちます。
・共同研究や学会への参加の機会が増える
学会やセミナーの運営者は、未出版の研究を発表してくれる人を探していることもよくあります。プレプリントがあれば、露出度が増え、学会運営者や共同研究の候補者から連絡をもらえる可能性が高まります。
・さまざまな研究結果を公表できる
ジャーナルでの出版では、新奇性が重要な基準であることが多いものです。そのため、ネガティブな結果や再現研究を発表することは難しくなります。その点、プレプリントなら多様な研究結果を公表できて、この問題を解決できます。
4. プレプリントに関する懸念
プレプリントに関して科学コミュニティが抱いている最大の懸念は、査読が行なわれていないということです。査読は、基本的な欠陥のある論文や質の悪い論文を間引くために欠かせない、品質管理機能です。
さらに、査読がないことで、プレプリントによって一般の人々に誤った情報が伝わる可能性もあります。環境科学やワクチンの安全性などに関する研究分野では、有害な影響が出る恐れもあります。
ですから、研究の種類によっては、プレプリントでの公開に向かないものもあるかもしれません。もう1つの問題は、優先権を主張する目的のためだけに、時期尚早にもかかわらず研究結果を発表する研究者もいるかもしれないということです。
確かに、これらはもっともな懸念です。しかし、査読を行なっている現在のジャーナルシステムにも、これらの問題がまったくないわけではありません。質の悪い研究論文や再現不可能な研究が蔓延していることは、撤回される論文数が毎年増えていることからも明らかです。
さらに、害を及ぼす可能性のある誤った情報が、出版済みの文献を通して一般に普及する可能性もあります。査読済みというしるしが付いているだけに、そのような危険度はより高くなります。
一方、プレプリントでの著者側の責任は非常に重いものです。著者は、科学コミュニティで自分の評判に傷をつけることは避けたいと思っているので、アップロードする論文の質には一層気を使うのです。
まとめ
プレプリントは、査読された論文の代わりになるものではありませんし、近い将来にジャーナルに取って代わるものでもないでしょう。
しかし、スピードの遅い現在のジャーナル出版の問題に実際的な解決をもたらす存在と言えます。科学の進歩に貢献している限り、プレプリントは科学コミュニティに利用され続けるでしょう。