Vol.26:能動態と受動態を効果的に使うには:後編
論文執筆において、どちらを使うべきか迷うことがよくある能動態と受動態。前編では能動態と受動態の違いについて説明しました。今回の後編では論文で能動態が好まれる理由、受動態を使うべきタイミング、論文の各セクションでどちらを使うべきかなどの判断を下すための基本的ガイドラインを紹介します。
能動態が望ましい理由
- 読みやすくなる
一般的に、米国医師会(AMA)や米国心理学会(APA)などのスタイルマニュアルでは、より直接的で簡潔明瞭かつ読みやすいという理由で、できるだけ能動態を使うよう推奨しています。以下の2つの例文を比べてみてください:
受動態:The hardness-impact velocity relation was significantly affected by the increased indenter mass.(硬度と衝撃速度の関係は、圧子質量の増加から著しい影響を受けた。)
能動態:Increased indenter mass significantly affected the hardness-impact velocity relation.(圧子質量の増加は、硬度と衝撃速度の関係に著しい影響を及ぼした。) - 著者の責任が強調される
能動態が支持されるもう1つの理由は、著者の責任が強調されるということです。受動態では、行為の主体が曖昧になりがちです。以下の2つの例文を比べてみてください:
受動態:No attempt was made to comprehensively investigate the material properties as it was beyond the scope of the present study.(材料特性の包括的な検討は、本研究の対象外であるため実施されなかった。)
能動態:We did not attempt to comprehensively investigate the material properties as it was beyond the scope of the present study.(材料特性の包括的な検討は、本研究の対象外であるため実施しなかった。)
このように、研究の責任者として下した決断を強調するには、能動態の方が適していると言えるでしょう。 - ジャーナルが能動態を好んでいる
ほとんどのジャーナルは、能動態の方が論文への読者の理解度が高まると考えており、能動態を使うよう投稿規定で指示しています。
たとえば、Nature誌の投稿規定には次のように書かれています。「過去の経験から、直接的な表現の方が読者に論文の主張や結果が伝わりやすいことが示されていることもあり、弊誌では能動態(例 we performed the experiment…/私たちは○○の実験を行なった)の使用を推奨します」。
ほとんどのジャーナルやスタイルガイドが、科学論文では可能な限り、より説得力があって明確で直接的な能動態を使うよう推奨しています。ただし、能動態よりも受動態を優先すべきケースがあることにも注意が必要です。
受動態の方が望ましい状況
- 受け手に焦点を当てる場合
一般的に、行為や作用の対象を強調したいときは、受動態を使います。ある主題に関する次の2つの例文を見てみましょう:
能動態:In 1921, researchers at the University of Toronto discovered insulin. It is still the only treatment available for diabetes.(1921年にトロント大学の研究者たちがインスリンを発見した。現在でも、それが唯一の糖尿病の治療法である。)
受動態:Insulin was first discovered in 1921 by researchers at the University of Toronto. It is still the only treatment available for diabetes.(インスリンは、1921年にトロント大学の研究者たちによって発見された。現在でも、それが唯一の糖尿病の治療法である。)
上の2つの文を比較してみてください。この文で注目すべき主題はインスリンです。受動態の方がインスリンが強調されるため、この文脈においてはより適していると言えるでしょう。 - 行為の重要性が高い場合
実験手順を説明するときは、誰がしたかよりも、何をしたかが重要です。次の例文を見てみましょう:
受動態:The solution was first heated to 120°C for approximately 20 minutes and then allowed to cool to room temperature.(溶液は120℃で約20分間加熱され、その後常温まで冷却された。)
それでは、この文章を能動態にするとどうなるでしょうか:
能動態:We first heated the solution to 120°C for approximately 20 minutes and then we allowed it to cool to room temperature.(溶液を120℃で約20分間加熱し、その後常温まで冷却した。)
2つの文章の間に、明確さや簡潔さにおける違いはありません。能動態の方が、若干文章が長いという程度です。ただし受動態では、実験を行なった人ではなく、何が行われたかに焦点が当てられています。プロセスが重要な文章では、能動態の方が適していると言えるでしょう。 - 反復を避ける
受動態を使うことで、繰り返しや冗長さを避けられることがあります。以下の例文を見てみましょう:
能動態:We dissolved the sodium hydroxide in water. Then we titrated the solution with hydrochloric acid.(我々は水酸化ナトリウムを水に溶解した。その後、溶液を塩酸で滴定した。)
このような文章では、溶解と滴定を行なったのが研究者であることは明らかです。行為者が重要ではない内容に能動態を使うと、必ず「I」や「We」を使わなければならないため、冗長で単調な文になってしまいます。したがって、この場合は受動態がより適していると言えます。
受動態:Sodium hydroxide was dissolved in water. This solution was then titrated with hydrochloric acid.(水酸化ナトリウムを水に溶解した。その後、溶液を塩酸で滴定した。)
各セクションでの能動態と受動態の使い分け
それでは、さらに深く掘り下げて、論文の各セクションで能動態と受動態のどちらが適しているかを見ていきましょう。
▲イントロダクション、および考察:先行研究を紹介し、自分の研究について述べるイントロダクションや考察のセクションでは、能動態が有効です。
例: Previous studies have investigated contact behaviors resulting from dynamic loading. In this study, we investigated the effect of stiffness on contact behavior.(先行研究では、動的荷重による接触挙動について調べている。本研究では、剛性が接触挙動に及ぼす影響を検討した。)
2文目に能動態が使われていることで、読者は先行研究から当該研究の話題へと、心理的にスムーズに移行することができます。
▲文献レビュー:文献レビューのセクションでは、分野におけるもっとも重要な貢献について述べる場合が多いため、その主体/手段/著者が重要になります。
能動態:Nobre et al. (1997) studied the surface resistance characteristics of ductile steel to impact indentation by hard alumina balls.(Nobre et al. (1997)では、硬質アルミナ球による衝撃圧入への延性鋼の表面抵抗特性を調査した。)
受動態:The surface resistance characteristics of ductile steel to impact indentation by hard alumina balls were studied by Nobre et al. (1997).(硬質アルミナ球による衝撃圧入への延性鋼の表面抵抗特性が、Nobre et al. (1997)によって調査された。)
このようなケースでは、能動態の方が説得力があって簡潔明瞭なため、より適していると言えるでしょう。能動態を使うことで、先行研究の貢献が明確になっています。一方、受動態だと冗長で分かりにくい文章になってしまいます。
▲方法:材料と方法のセクションは、行為者よりも行為そのものが重要であるため、一般的に受動態が好まれます。以下の例文を見てみましょう:
能動態:We obtained the velocity contour lines from CFD simulations.(我々は、CFDシミュレーションによって速度等高線を得た。)
受動態:The velocity contour lines were obtained from CFD simulations.(速度等高線は、CFDシミュレーションによって得られた。)
このようなケースでは、誰がしたかではなく、何をしたかを強調する必要があるので、受動態が適していると言えます。
▲結果:客観性が要求される結果セクションでも、受動態を使うのが望ましいでしょう。
能動態:We observed an inverse relationship between the pressure ratio and exergy loss in the combustion chamber.(我々は、燃焼室の圧力比とエクセルギー損失の間に反比例関係があることを確認した。)
受動態:An inverse relationship was observed between the pressure ratio and exergy loss in the combustion chamber.(燃焼室の圧力比とエクセルギー損失の間に反比例関係があることが確認された。)
受動態の例文では、結果が、実験の行為者に関わらず事実であることが示されているため、より適切です。つまり、結果に普遍性が付与されていると言えます。
結論
以上のように、学術論文では、能動態も受動態も適切な選択になり得ます。重要なのは、個々の文章やセクションで何を強調したいのかということです。能動態か受動態かの選択の基準針も明確にしておく必要があります。
読者がどのような情報を求めているかを考え、より明確で分かりやすくなる方を選びましょう。この点に留意して執筆すれば、ジャーナル編集者や査読者から、能動態と受動態に関する指摘を受けることもなくなるはずです。